こんにちは!市川春子ファンの相宮です。
私は先生の描く作品の中でも、とりわけ短編作品が大好きです。
今回は短編作品集である『虫と歌 市川春子作品集』について考察を含めて語ります。
『25時のバカンス 市川春子作品集Ⅱ』についての考察記事はこちら
はじめに
本記事は既読者向け考察記事という特性上、ネタバレが含まれます。作品を未読の方は、こちらの紹介記事(ネタバレなし)をぜひご覧ください。
未読状態でこの記事を読むのはおすすめしません。
初読の楽しみは一度きりです!読んだらまた来てね!!
それでは、本題に移ります。以下作品の内容を含みます。
各作品について
星の恋人
短編作品の中でも恋愛要素が強めな作品ですよね。The 恋のトライアングル。冒頭にこの作品持ってくるんだみたいな。でもよく考えたら市川作品にお通しのような作品はないですね。全部濃い。そういえば作品集Ⅱでも恋愛系である25時のバカンスが一番前にありますね。市川作品にとって恋愛はお通しなんでしょうか。
叔父さんのためにと、さつきの「左手の薬指」を捧げて生を受けたつつじ。読み終えてからこうまとめると、そりゃそうだよなあ……と因果を感じます。
さつきはつつじを一目見た時から何かを感じているようですね。失くしたものを見つけたような感じがしたのでしょうか。
無意識に熱視線を送るさつきに対し、つつじは「私たちは似ている」と血縁・家族を意識させる発言を繰り返しています。きっと早くから気付いていたんですね。
そして明かされる、夜の叔父さんとつつじの関係。これは衝撃ですね。直後の演奏会(p27)で、暗いのをいいことにつつじが叔父さんの腕に寄りかかっているのが生々しいです。やめたげてよお。
海でのさつきとつつじのやりとりは、駆け引きというか攻防戦のようですね。さつきの気持ちを知っていて、応えられないからお願い家族でいてと牽制するつつじと、それでもまっすぐに思いを伝えてしまうさつき。ロマンチックなはずなのに、どこか虚しさと暗さが漂う印象的なシーンです。
個人的にさらに印象深かったのが、その直後つつじが叔父さんのもとへ戻るシーンです。先程まであどけなかった少女の顔が一瞬にして女の顔に変貌し、さつきに見せることのなかった真実を告げます。この表情が答えですと言わんばかりに、三角関係の残酷さを見せつけてきます。
そして、最後につつじが出した答え。かつて贈り物として自分を作ってくれたように、今度はさつきに贈り物をします。結果、元のつつじは記憶の一部を失い、幼い姿に戻ってしまいました。もう男性陣は傷心です。つつじが贈ってくれた枝は、まだじっと押し黙ったままです。結局彼らは全てをやり直すことになってしまいました。でも、「はじめからやり直せたら」みたいな言葉って、恋愛、失恋ソングの定番ですよね。彼らは歪んだ形ながらそれを実現してしまったわけです。つつじの枝から花が咲くまで、胸の痛む日々が続くのでしょう。でも、その先に皆の幸せがあることを願います。
ヴァイオライト
難解作品。分からない……分からない……と繰り返し読むうちに沼にハマりました。
まず大前提として、すみれ=稲妻。筆者は読解力がないので初見で???となったのですが、ここさえはっきりさせてしまえばだいたい読めます!!!
すみれの正体を知った上で注意深く読んでいくと、彼は自分のせいで山に取り残された未来を助けようと行動していることが分かります。食料を調達したり(人間の食べ物がよく分からないので捌けない鳥を捕まえてしまいますが)甲斐甲斐しく未来の世話を焼こうとしたり。そうした中で、彼らが信頼関係を築いていく様子も描かれています。
海に辿り着いた後、未来が記憶を取り戻すとともにすみれの正体が明かされます。「ちょっと小指をひっかけただけだぜ?」というすみれの台詞ですが、これ、よく見ると扉絵で飛行機に小指をひっかけています!うわー!!!伏線!!!
飛行機を墜落させたのはすみれなのに、未来はフラッシュバックに苦しみながら彼を探して名を呼びます。それを聞いたすみれは最後の力で未来を灯台の元へと引いていきます。そして自らは灯台を照らす光となるのです。
しかしその後崖から転落した未来を、すみれは助けられませんでした。稲妻の身で彼に触れることはできないからです。
特別な存在を自らの手で焼き殺してしまったすみれ。未来の身体の破片を掴もうとすればするほどその遺体は灰となっていきます。すみれは嘆きのあまり、今度は船を難破させてしまいます。
すみれは再び人間に擬態するも、生き延びた女学生を「友達を捜すから」と突き放します。この言葉は、灰となった未来を捜して回るためなのか、それとも今度は目の前の人間を愛さないためなのか……。すみれの孤独を際立たせるラストシーンだと思います。
これは、人間とスケールが異なるがゆえに対等に関わり合えない、悲しき自然現象(?)のお話なのかもしれませんね。
日下兄妹
光の市川春子。王道。救い。
前半のコミカルさと後半の温かさに胸を打たれるお話です。何度読んでも泣けます。市川春子入門にはこの作品で間違いないと筆者は思っています。でもほの暗い市川作品も読んでほしいんだよな
流れ星といえば願いを叶えてくれるものですが、ヒナも例に漏れずだったのでしょう。
ただ、遠くから見る星とは違い、ヒナは自分の意思と言葉を持ち、雪輝を慕い、そして家族になりました。その結果として雪輝の願いを叶え、ひとつになったのです。
ヒナは図書館に行くたび違う分野の本を読んでいました。これは雪輝のために必要な本を読んでいると思われます。最初がスポーツ、次は宇宙・科学、さらに医学。最後は宗教分野の本を読んでいますが、これは「願いを叶える方法」を調べているんでしょうか。
思えばヒナは人型をとり始めた頃から雪輝の望みを叶えようとしているのです。料理を作った時も言葉足らずに「ほしいのある?」と聞いています。その直前の「ほし」は親のことなのでしょうか。
ヒナは家族であるほし……流星群とはぐれ、雪輝は両親と妹を亡くし、大勢の人に囲まれながらもどことなく孤独を感じている。そんなふたりだからこそ、お互いが唯一無二の存在となり得たのでしょう。
もう言葉を交わすことはなくとも、生涯を共に歩む家族となったふたり。そして天文学を修める雪輝は、いつかヒナの故郷を観測することになるのかもしれませんね。
虫と歌
日下兄妹から連続家族もの!!筆者の涙腺はもう崩壊しているぞ!!!
自らの試作品と暮らしていた晃兄ちゃん。肉食・草食の話など、ヒントは序盤から提示されていますね。筆者は全然気づきませんでした。3人家族と人外の交流のお話かと思ったら見事に予想を裏切られました。
晃兄ちゃんは研究者で、うたとハナ、シロウは実験体として生まれました。それでも彼らは本物の家族なわけです。そこには愛情があったからです。
シロウは地上で過ごした時間は短かったですが、戻ってきて「よかった」と言います。シロウにとって3人と共に過ごした季節が本当に楽しかったことの表れですね。うたは死因についてなぜ自分を責めないのかと考えますが、恨みなんて本当になかったんでしょうね。
クライマックスはうたの「生まれてよかった」がじんと胸を打つ台詞ですが、ここで終わらせないところが市川先生らしいなと思います。上げて、思い切り落とす。電話のコール音とともに、「孤独だけが唯一の友」そんな独特のメッセージが聞こえてきます。
ところで、晃兄ちゃん(と友さん)は人間なんですかね?最後の記録によると、うたが享年17歳で18番目の息子なんですよね。うたの「ちっとも老けない」などの発言や、過去回想と姿が変わっていないことを踏まえると、ふたりも何かしら秘密を抱えているような気がします。あと、シロウが息を引き取った際にベッドに映る友さんの影が吸血鬼の姿を模しているように見えるんですよね……これは考えすぎでしょうか。
それにしても鮮やかな作品です。これがデビュー作ってとんでもないですね……。
余談ですが、この作品が好きな方は、乙一先生の『陽だまりの詩』という短編小説もお気に召すかと思います。余命幾ばくもない男性と、彼に造られたアンドロイド女性のお話です。波長が合うのでよかったら読んでみてほしいです。同作品は単行本『ZOO 1』に収録されています。
さいごに
いかがでしたでしょうか。どれも素敵な作品なので、語っても語りつくせないですね。
この記事が皆さんの考察の一助になれば幸いです。
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